ほころびと繕い 3
小林和人さんとの対談の最終回です。前回は、ほつれて捨てられなくなった糸束の話から、ほころびには意味が消えていく「たそがれ」と、意味が立ち現れていく「かわたれ」の二つの向きがあること、繕いを重ねたシャツが、いつしか特別な日に着る一着になっていたこと、そして、もう履けない足袋を、感謝を込めて繕ってから手放すというお話までを伺いました。
小林 MITTANはメーカーですよね。繕いを始めると、服が売れなくなるんじゃないかと心配される方も多いと思うんですけど、そういう心配はされましたか。
三谷 修繕をしないということが、そもそも選択肢としてなかったんです。服が着られる期間が短くなっていることが根本の問題としてあって、それが原因で人が亡くなったり、バングラデシュで縫製工場の入ったビルが崩落したり*1、ということが起きている。そういうことに加担しないものづくりを、というのがベースとしてあったので、修繕をしながらブランドを続けていく、ということをやってきました。
OUTBOUNDさんには、いつか扱っていただきたいと思っていたんですけど、最初から伺うのは恐れ多いと思っていて。ラオスの布の仕事をされていた谷由起子さんのものづくりも大変尊敬していたので、いろいろお話しするなかで、OUTBOUNDさんとの間を取り持っていただいたんです。
小林 覚えています。谷さんが「三谷さんという志ある青年が、小林さんに服を見てほしいとおっしゃっています。どうぞ見て差し上げてください」と。12年前ですかね。それで三谷さんが、スーツケースに服を詰めて店に現れた。それが始まりですよね。
三谷 谷さんからは、修理は大変だと思うけど、それをやめたらブランドじゃなくなるわよ、とも言われました。おかげさまで、修繕をしてくれるなら服を買ってもいいかな、という方や、小林さんから説明を受けたから買ってみた、という方もいらっしゃって。長く着ていただいている方から、もう新しいものはあまり買わないけれど、修理をしていって着回していきます、と伺うと、本当に続けてきてよかったなと思います。
人が増えて、昔できなかったこともできるようになってきました。裁断くずの回収も、いまは全量でやっています。回収したもので作っているのが、ZR品番という製品です。
来年、東京に店を開くんですが、この会場でもあるikkenさんに設計をお願いしています。建築も廃棄が多いので、店に入るときにも、出ていくときにも、できるだけ廃棄を減らせないか、ikkenさんと考えています。
服を直してはいるけれど、皆が直したものを美しいと思うとは限らないし、いつの間にか箪笥の奥に行ったり、何かのときに捨てられてしまったりするものは絶対あるだろう、と。それで、いまは現金で2割での買取をしています。買い取ったものはぼろぼろだったりするんですけど、そのような場合は手間をかけて直して、元の値段よりも高い値段をつけて販売することもあります。そこに堆積した価値を、自分たちで肯定している。そこにはちゃんと価値があるんですよ、ということをお伝えしなければいけないと思っています。
小林 価格というのは、一つのメッセージとも言えますね。
三谷 今回持ってきてくださった品々と、うちの服には共通するところがありますか。
小林 有機栽培の綿だったり、大麻だったり、絹だったり。自然素材に惹かれる背景を掘り下げると、機能面で優れているのは当然あるんですけど、もう一つは、いい経年変化をしていくであろうことが予見される部分があって。言い換えると、潜在的にほころびを内包している。まだほころびは生じていないけれど、ほころんだ先の姿が、魅力として内包されている。それが、今回持ってきている作り手の品と、MITTANの服の共通項なのかなと思うんです。
三谷 そろそろ時間ですね。今日は、いろいろとお話を伺えてよかったです、と言うと締まってしまいますね。では最後、小林さんに渡します。
小林 こういうトークって、結論めいた地点に帰着しなくてはいけないと思って、最後はつい綺麗に締めたくなっちゃうじゃないですか。でも、締めないことによって、ある種の気持ち悪さが残ることが、実は重要なんじゃないかと思って。永遠に輪を閉じない、みたいな。
トークが始まる前に、外でぼーっとしていたら、鳥の声が聞こえて。鳥の声ってなんでいいんだろうと思ったんですけど、やっぱり何を話しているかわからないからだなと。意味がわからないからいいんだ、と思ったわけですよね。
文章:MITTAN
- ラナプラザ崩壊事故:2013年4月、バングラデシュの首都ダッカ近郊で、複数の縫製工場が入居していた商業ビル「ラナプラザ」が崩壊し、1,100人以上が亡くなった事故。