服と砂漠
MITTANでは、製品に関する背景を可能な限りお伝えすることで、服とよい関係性を築いていただきたいと考えてきました。ここでは、ライターの永井佳子さんの南米チリのアタカマ砂漠での経験を通して、不要になった服の行き先について考えます。永井さんは滞在中、広大な砂漠を車で横切っていると、突然、砂山の向こうに、風景に馴染まない物体が見えたことが強く印象に残っていたと言います。帰国後、それが服だとわかったのは、アタカマ砂漠に大量に廃棄された服が放置されている問題についての報道を目にしたことがきっかけでした。なぜ南米チリの砂漠の真ん中に服が置き去りにされているのでしょうか。
染め直しや修繕という過程を経ることなく、不要になった服が手放されていく「出口のない服作り」は大量廃棄という結果を招きます。世界の繊維生産量は2024年に約1億3,200万トンと過去最高を更新する一方で、脱いだ服が新しい服へと生まれ変わる「服から服へのリサイクル」は世界全体で1%未満と言われています。それでは残りの99%の服は、どこにいくのでしょうか。
南米チリはダイナミックな気候と地形が特徴的な国です。南北で4,300キロメートルという長さのため、北はペルーやボリビアと国境を分かつ砂漠地帯、南は氷河を望むパタゴニアといった寒冷な気候で、一つの国のなかで対照的な風土が存在しています。特に、北部のアタカマ砂漠は、原始の地球に降り立ったような風景が広がっています。「月の谷」(バジェ・デ・ラ・ルナ)と呼ばれている大きな起伏のある谷は、かつて内陸の塩湖だった地層が、一千万年をこえるアンデスの地殻変動で隆起してできた地形で、地表に岩塩が白く輝いて表出している神秘的な光景で知られています。インカ帝国の一部になるはるか前から暮らす先住民の人々は、極度に乾燥したこの地域で人間が容易には生き延びることができない厳しい自然と付き合うための知恵を持っています。限られた地下水は農地や植物のために使い、アンデス山脈の雪解け水を共同体で大切に分かち合っていること、ラマをはじめとした動物と共に生きること、広大な砂漠で道を誤らないためにも正確に星を読む知識を持っていることなど、先祖代々引き継いできた文化を継承し、圧倒的な自然へ敬意を持ちながら生きています。
一方、植民地時代を経て、欧州での産業革命が進むと、19世紀の半ばからアタカマ砂漠では鉱山の開発が進み、世界の産業を支える原料生産地になりました。近年では私たちの生活に欠かすことができない携帯電話のバッテリーや電気自動車に使うリチウムの採掘がアタカマの塩湖で行われています。アタカマの塩湖には古代から先住民の人々に水をもたらし、精神的な礎として大切にされてきただけではなく、光合成によって地球上の生命が生きるために欠かすことができない酸素を作り出すバクテリアが生息していることも確認されています。そのため、現在リチウムの採掘に関する議論が先住民の人々を中心とした、地域コミュニティと国際企業との間で続いていますが、その根底にはこの地域の資源が遠く離れた国の都市生活を支えているという背景があります。
その一方で、広大な砂漠地帯は、遠く離れた国の人々がいらなくなったものを引き受けています。砂漠の起伏に散らばる風景に馴染まない服の山。それはどう見ても自然が成した景色ではありません。アタカマ砂漠では世界中から集まった不要な服が大量に廃棄されていることが問題になっています。チリは中南米のなかでも最大の古着輸入国であり主に欧米、アジアから年間およそ12万トンの中古衣料を輸入しています。その多くが北部の都市イキケの免税地区を経由して国内に入って行きます。届く衣料は年間5.9万トンとされ、そのうち売れずに残った少なくとも3.9万トンが、アタカマ砂漠に不法投棄・野焼き・放置されています。なかには石油からつくられた合成繊維の服も多く、その分解に200年はかかると言われています。植物、動物、もしくは人工的に作った化学繊維といった素材から服になり、人の手に渡ったのちに手放され、砂漠にたどり着くまで、どのような生涯を辿ってきたのでしょうか。
こういった服の大量廃棄に対して現在、段階的に対策が施されています。チリでは2025年6月に拡大生産者責任(REP/EPR)法の優先品目に「繊維」を追加しました。この法律はメーカーや輸入者に廃棄された後の登録・追跡・廃棄費用の負担を求めるものです。それをもとにしたEPR基金は、素材のリサイクルを目指す企業だけではなく、修繕をしてもう一度着られるようにする仕立て屋や小規模企業の支援にも使用され、地域の新たな雇用の創出を目指しています。
高地にありながら、極度に乾燥しているため空気が澄んでいるアタカマ砂漠は、天体観測でも有名です。周りに都市がないため、夜の闇は格別に深く、肉眼でも圧倒的な数の星を見ることができます。大量廃棄された衣服が土地に同化することなく砂埃を浴びる風景は衛星写真からも明らかだと言われています。土に戻らない素材でできている服は消えてなくなることなく、自然をその後、数百年に渡って変えて行きます。
誰かが着ていた服が、人間が生きることさえ困難な自然のなかに置き去りにされている風景は、大量消費の真っ只中にいる国の人々の目にはなかなか届くことはありません。ところが、こうして「なかったこと」にされている服は、この広大な砂漠にありながら宇宙からは確認されているのです。その光景は人間がこの地球上から消えてもなお、残っていることでしょう。
(参考記事・出典)
・The Guardian
・National Geographic
・Al Jazeera(数字・環境影響/2021)
・UNEP(国連環境計画・ファッション廃棄の全体像)
・EHN(チリのREP法/生産者責任)
・Textile Exchange「Materials Market Report 2025」(繊維生産・リサイクル率)