はじめに ー 服とテキスト
衣服は人間が生きるために欠かすことのできない道具です。かつて、人々は住んでいる環境に合わせて自ら身体にまとう服を縫い、繰り返し着用することで擦り切れた部分を繕っていました。日本でも、特に江戸時代の着物文化には、破れた部分に別の布を当てて修繕する「継ぎはぎ」や、古くなった布をひも状に裂いて、新たな布として織っていく「裂き織り」など、長く衣服を着用するための技術が根付いていました。ところが、明治時代に至って洋服文化の流入とともに既製服を買う生活が始まり、戦後の大量生産・消費社会を経て私たちと服の関係性は変わっていきました。現代では服は買うものとされ、服を作る実感を持つことは難しくなっています。
このような意識の変化は服が身近なところではなく、遠くで作られるようになったために起こったことです。日本では1991年から2022年にかけて、衣料品の小売価格は約50%も低下しているのに対して、供給量は約二倍に増えています。その背景には、より安価な労働力や設備を求めて、グローバルブランドをはじめとした企業が開発途上国に生産拠点を移動したことがあります。
その結果、作られた背景のわからない服は、思い入れなく簡単に捨てられるようになります。こうして、短いサイクルで生産しては、破棄されていく大量消費・大量破棄を前提とした生産構造は、環境破壊や劣悪な労働環境で、低賃金・長時間労働を強いる搾取工場(Sweatshop ―スウェットショップ)といった問題を引き起こしました。2013年にバングラデシュで起こった「ラナプラザ」ビル崩壊事故*1という惨事は、こういったアパレル産業の限界を顕著に表しています。
MITTANはこうした現代の服に対する価値観の変化に強く抗います。物理的にも精神的にも、人々の意識の届かないところに行ってしまった服作りをより身近な存在へと取り戻すために、服の生産から販売、そしてお客様の手元に届いた製品がその役目を終えるまで、さまざまな段階に積極的に関わっていきます。
ここではMITTAN製品に愛着を持ち、着続けていただくことを願って、私たちが大切にしている服作りの考え方をお伝えします。素材やデザインの特性、細部に含まれた特徴的な加工や、必要とする技術や素材を提供してくださる協力工場との生産にまつわるエピソードなど、現場がわかるようなテキストを掲載しています。こういったコンテンツを通じて、協業で行われる服作りのリアリティを感じていただき、一着の服が様々な人の手と経験値の集積として成り立っていることをご理解いただけましたら幸いです。
- 「ラナプラザ」ビル崩壊事故:バングラデシュの首都ダッカ近郊にあるラナプラザが崩壊した事故。縫製工場が多く入居していたビルが耐震性や安全管理を無視し、違法な増築を繰り返していたために崩壊、多くの労働者が犠牲となった。